その患者さんは、親不らを抜いた後、顎関節症のような症状になりました。口を大きく開けれないのと、コキコキと音が鳴ると言う事。もともと食いしばりもあり、朝起きるとそれがひどくなっているような状態でした。一度の鍼治療とご自身のマッサージの効果により、顎関節症はマシになったようですが、その後に原因不明の謎の痛みが出現しました。それが、『四六時中、上顎方前歯の辺りのジンジン痛む』感覚です。2軒の歯科医に診てもらっても何の異常もなく、治療する歯もないと言う診断でした。
①見立て
歯や歯茎の炎症があれば、安静時にズキズキと痛むはずです。歯科医に診てもらっても異常がないと言う事は、物理的に何処かが痛んで炎症を起こしている状態では無いと言えます。
では筋肉の状態はどうでしょうか。筋肉痛で痛む場合もあります。以前に顎関節を痛めていたので、その後遺症では無いかと言う点です。筋肉が痛んでいる場合には、90%の確率で動作による痛みが生じます。口を大きく開けると痛いや、中腰になると腰が痛むと言った具合です。今回のケースでは、それも診られなかったので、筋肉由来の痛みではないと言えます。
残るのは、神経痛です。これが一番厄介です。上顎の辺り、唇の周りの感覚を司っているのは、『三叉神経』と呼ばれる神経の『上顎神経』と呼ばれる神経です。分布図を観察していきます。
②観察
『三叉神経』は、漢字の通りこの神経は名前の通り三つの枝から成り立っており、顔面や頭部の広範囲な部分の感覚を司っています。三叉神経は、それぞれ眼窩神経、上顎神経、下顎神経という3つの枝に分かれています。眼窩神経は眼の周辺やおでこの感覚を、上顎神経は上歯茎、上唇、頬の感覚を、下顎神経は下顎、下唇、舌などの感覚をそれぞれ担当しています。
神経痛は、鈍い痛み、ピリピリ感、しびれ、刺すような感覚、または燃えるような痛みとして現れることがあります。これは、神経が異常な信号を送ったり、気質的な刺激に過敏に反応することによって引き起こされます。神経が圧迫されたり、周囲の組織によって挟まれたりすることによって、神経機能が妨げられる状態を指します。
西洋医学の治療では、麻酔やステロイドなどの薬剤を神経の周囲に注入します。この薬剤の効果により、神経の痛みや炎症が和らぎ、症状の軽減が期待されます。三叉神経ブロックは、一時的な効果は感じられますが、効果を持続させるためには何回かブロック注射が必要な場合がほとんどのようです。また、ブロック注射後に一時的に感覚異常などの副作用が生じることもありますが、数時間から数日で自然に解消されます。
神経痛には、悩ましい事がもう一つあります。それは、『原因の特定が難しい』事です。神経痛は個人差が大きく、人それぞれ異なる感覚を持っています。痛みの程度や種類は人によって表現が異なり、他の人が同じように感じるかどうかを想像するのが難しいことがあります。また、痛みの種類が他の痛みとは異なることがあり、その独特な感覚から筋肉痛や皮膚のつっぱり感など、他の痛みと混同されることがあります。よって、判断材料が多く、特定が難しい事が多いです。さらに神経痛は、慢性的な状態です。これによって心理的な負担が上乗せされ、痛みに対する感受性やストレスが高まることがあります。これが診断や理解をより困難にする要因となることがあります。
③治療内容
今回の症状の感じ方は、上顎神経の範囲内だと決め、上顎神経の反応がある部位を治療ポイントとしました。今回の治療ポイントは、『翼口蓋神経節』と呼ばれる、神経のハブになっている部位です。翼口蓋神経節は、さまざまな神経と関連し、上顎神経を介して顔面の感覚を担当している重要なポジションです。特に、上顎神経と翼口蓋神経節の関係は、鼻腔内の感覚を含む顔面の感覚に影響を与えています。
頬骨の少し下から、鼻腔内の奥の上方に向かって鍼を入れていきます。奥深いメインターゲットに到達する手前には、たくさんのコラーゲンや結合組織、筋肉の凝りがあります。ポイントに到達するまでの凝りは丁寧に取り除いていきます。刺激が強い部位ですので、かなり慎重に丁寧に刺激しました。ここは、『頬車』と言うツボの部位と一致しています。場所を見つけるのは簡単ですが、実際に鍼を刺すのはかなりの熟練度が必要です。
鍼が深いポイントに到達する手前で、響き感を感じておられました。まさしく、上顎の辺りが広い範囲でボワーンと指圧されているようん感覚だと仰っていました。鍼を刺している際に、症状が再現されていると言うのは非常に重要な事で、まさしく悪さをしているポイントに、的確に当たっていると言う証拠にもなります。自分の見立てが正確だったんだなと、ホッとする瞬間でもあります。
鍼を抜いてから15分くらいは、指圧されていた鍼の感覚が残っていたようですが、治療が終わる頃にはそれは抜けていました。そして、上顎周りの痛みが明らかに改善されていました。
④考察
今回の症例は、かなり特殊なケースでした。抜歯後の後遺症としては珍しい物で、親不知を抜いたのも、下の歯だったからです。下の親不知を抜く方が難しく、術後の炎症が、翼口蓋神経節この患者さんは、耳鼻科に行って副鼻腔炎の検査をしてもらったり、2軒も歯科医の診断を受けに行って来られました。それでも原因不明となると、治るのかと言う不安もあります。改めて、鍼灸治療の奥深さと可能性に触れた症例でした。
鍼灸は本当に不思議な治療ですが、しっかり理論立てされて、研究が進んでいる分野です。何かお困りの際は、一度ご相談してみて下さい。
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